biwacommon編集部のジョーだ。今回のコラムはHow to的なものではなく、クリエイティブの秘訣について書こうと思う。
テーマは「紙と本とクリエイティブ」だ。
AmazonがKindleを発売したのは2007年。そして2010年は電子書籍元年と呼ばれるようになった。当時はミニマリズムやノームコア(究極にシンプルなファッション)が流行り始めたこともあり、私は迷わず電子書籍を暮らしに取り入れた。そして、本棚の中身を全て取り出すと、「電子化する本」「紙で残したい本」の2つに分けていった。ちなみに断舎離する際は家族の本には決して手を出してはいけないぞ。
マンガ、小説、雑誌、ビジネス書、参考書はごく一部の電子化されてないものを残してほとんど処分した。そして好きな作品は再び電子書籍で一気に買い直した。それはそれは快感だった! 私はいわゆる本の自炊(自らスキャンして電子化する)は面倒なのでやらない。
序章が長くなってしまったが、ここからが本題だ。私が選んだ「紙で残したい本」には“紙ならでは魅力”、つまりクリエイティブの秘訣が詰まっている。いくつか紹介しよう。
鎌倉の出版社「港の人」発行の2冊。名作選というタイトル通り、オムニバス作品集になっている。この本の最大の特徴は各集録作品ごとに書体、レイアウト、デザイン、紙が異なることだ。
『胞子文学 名作選』に収録されている井伏鱒二の『幽閉』には、主人公である山椒魚の頭部を彷彿とさせる凸凹した手触りの紙が使用されている。物語と紙との一体感にひどく感銘を受けた。ちなみに、『幽閉』は後に改稿され『山椒魚』となった作品だ。
ブックデザインは祖父江慎さん(コズフィッシュ) と吉岡秀典さん(セプテンバーカウボーイ)。お二人のブックデザインはあまりに魅力的すぎる。ぜひ調べてみてほしい。
南インドの小さな出版社「タラブックス」の絵本。最大の特徴はハンドメイドであることだ。手漉きで紙から作り、印刷・製本までの全工程をインドで手作業で行っている。制作できる数量が限られているため、一冊ごとにシリアルナンバーがついている。
物語はインドの神話やローカルな暮らしをテーマにしたものが多く、プリミティブな絵柄と相まって、インドの伝統的なアートの魅力に浸ることができる。ザラザラとした厚めの紙の手触りや、発色の良いインクがとても美しい工芸作品のような絵本だ。ちなみに紙をくんくん嗅いでみるとインドの匂いがする。行ったことはないが。
重厚な図録と画集は場所を取るが、大判で魅せる写真は電子書籍より紙の方が迫力がある。パラパラめくれる紙の本の方が検索性が高いこともあったり、意外なページと偶然出くわすのも楽しい。上の写真以外にもたくさん所有している。
図録と画集は紙や印刷、そして装丁が凝ってるものが多いので、ぜひ紙の本で持っておきたい。何より美術館や展示会で直接作品を見た体験を思い出させてくれる。実際の作品の大きさ・色・質感を知っているからこそ味わえる追体験が、図録を通して何度でも楽しめる。私はフライヤーや半券を図録に挟んで残しておくようにしている。
紙の本は時の流れも映し出す。長い年月をともに過ごすことで、さらに思い入れが深まっていくのも魅力の一つだ。
M.C.エッシャーの図録は小学生の頃に父親からもらった一冊で、私が所有する書籍の中でもっとも古い1976年刊行の年代物だ。たまに読み返しては、当時感じたビジュアルの衝撃を今でも鮮明に思い出す。カバーはなくなり、紙はやけ、ところどころ破けてしまったが、それも紙ならではの味わいと捉えて、ともに年月を重ねていきたい。
この絵本は息子・娘に引き継いで、読み込んでボロボロになった一冊だ。破れてはテープで繋げて、テープが劣化したら上からまた貼って、を繰り返している。ボロボロになるのは紙だからこそ起こる現象だ。だからこそ、ボロボロになるまで愛された一冊は、読んでいた当時の特別な感情や記憶を蘇らせてくれる。
電子書籍は便利だ。毎日利用している。しかし、本が電子データだけになってしまうのはどこか心もとない。世の中にはたくさんの種類の紙があり、印刷があり、加工があり、デザインがあり、職人がいる。もし、あなたが“紙ならではの魅力”を感じる本と出会えたなら、是非手にとってその感触を確かめて欲しい。きっとそこにはクリエイティブの秘訣、つまりアイデアと工夫と情熱が詰まっている。何より、そのような本には実はなかなかお目にかかれないのだから。