biwacommon編集部のひーちゃんです。
今回ご紹介する「滋賀のいいひと」は、近江八幡のナッツ専門店【Going Nuts!】のオーナーであり、株式会社エバンジェリスト代表の道城牧人ピーターさん。
取材前に公式サイトをチェックすると、こんなプロフィールが記されていました。
『ロサンゼルス生まれ、近江八幡育ち。ハワイ、サンタモニカへの進学後、24歳で帰国。ITエンターテインメント企業と印刷会社を経て起業。海外出張中、アリゾナの農園でナッツとの再会を果たす。2017年3月、Going Nuts!を開始。』

「はじめまして」とご挨拶した道城さんは、物腰柔らかでオープンな雰囲気の方。ちょっぴり芸人感もあって、いい意味で想像していたキャラクターとは違っていました。
まだ場が温まりきらないタイミングで、突然こんな言葉が飛び出します。
「僕、ナッツの伝道師なんです」
えっ!? 確かにナッツ屋さんだけど、“伝道師”って……。
ちょっと面食らいましたが、そこからナッツへの熱い想いがどんどん語られていきます。
「幼少期は、親戚がアメリカから送ってくれたナッツを、他の日本のおやつと同じように当たり前に食べていました。ある程度大きくなってからはサッカーやバンド活動に夢中で、何かでプロになりたいって思いながら。その頃にはもう、ナッツのことはすっかり忘れていたんです。」

大人になった道城さんは2015年、仕事で訪れたアメリカ・アリゾナ州で、ピーカンナッツの森に出会います。
「当時は、優秀な親や兄弟と自分を比べては落ち込み、自己肯定感を持てずにいました。実はロサンゼルスから12時間かけてアリゾナへ向かう道中も、『このままの人生でいいのか』と自問自答していたんです。」
そんなとき目の前に広がったのが、どこまでも続く壮大なナッツ畑。
「呼ばれてる」——そう直感的に感じたそうです。
数日間の滞在で、生産者たちの暮らしや誇り、適正な価格の決め方、サステナブルな栽培、そしてそこで働く人々のハッピーな姿に深く感銘を受け、「ナッツに人生を捧げよう」と決意。ものの見え方も行動も180度変わる、大きな転機となりました。

「とにかく、やってみよう。」
2017年、ナッツ専門店【Going Nuts!】をオープン。東京や大阪も候補にあったものの、選んだのはナッツとともに幼少期を過ごした近江八幡でした。
ヴォーリズ建築の洋館と町家が共存する情緒ある町並み。都市部にはないこの魅力を、ナッツとともに滋賀から発信したいという思いがありました。
「2歳から中学3年まで住んでいました。一度離れたからこそ、この町の良さが見えるようになったんです。」
出店から8年が経ち、周辺には少しずつ新しいお店も増えました。八幡堀エリアが、もっと活気に満ちてほしい——そんな思いから、現在も町家再生に取り組む大家さんたちとともに、「賑わいあるまちづくり」に力を注いでいます。

10年前のアリゾナでの出会いから始まったナッツへの情熱は、今も変わらず続いています。
そうした想いから生まれた取り組みの一つが、「BIWAKO WAGURUMIプロジェクト」。
滋賀県甲賀市土山町・山女原(あけびはら)では、20年前に長野県東御(とうみ)市から譲り受けた苗木をもとに、古代胡桃「オニグルミ」の栽培が行われてきました。
すでに人口減少が進む限界集落。道城さんは、なんとかこの里山を守りたいと考え、ここで採れたナッツを「BIWAKO WAGURUMI」と名付けてブランド化。販路拡大の舵取り役を担っています。
「ちょうど、“なぜ滋賀県でやっているのか”“なぜびわ湖の畔でやっているのか”と自問自答していたので。この土地で育ったナッツを扱えることが、素直にうれしかったです。」
BIWAKO WAGURUMIをきっかけに、自然と共生しながら里山を守る取り組みもスタートしました。
「手っ取り早くソーラーパネルを設置するんじゃなくて、“森”を中心にした産業の活性化を図りたかった。若い世代の雇用を生んだり、高齢者が持続して働ける仕組みを整えたりね。」
びわ湖に水が流れ込むとき、里山がフィルターの役目を果たすことで、水は清らかに保たれ、土には良質な微生物が残ります。200年ものあいだ実をつけ続けるといわれる胡桃の木。そんな環境で育ったオーガニックナッツは、まさに最高級品質です。
「滋賀って、本当にいい環境なんです。びわ湖のまわりで、100年くらいかけてBIWAKO WAGURUMIプロジェクトを広げていきたい。
今は年間100kg、殻をむくと25kgになっちゃうんですけど……いずれは世界に輸出できる規模の産業に育てられたらと思っています。ライフワークとして、僕の人生をかけてね。」
希少なBIWAKO WAGURUMIは、他のナッツ商品と比べて価格帯はやや高め。それでも毎年、すぐに完売してしまうそうです。

ナッツとの運命は国境を越え、道城さんは遠くイスラエルにも導かれました。
「2年前、父と祖父(ともに牧師)の遺言に従って、聖地ヨルダン川を訪ねました。現地では、ヨルダン川から、世界一海抜の低い死海へと続く水の流れをたどっていったんです。
そしたら、その道中にも、死海のまわりにも、ナッツ農園があったんですよ。その光景が本当に素晴らしくて。デーツ畑も広がっていたりしてね。
考えてみたら、イスラエルって、ナッツとドライフルーツの宝庫なんです。まさにルーツのような場所でした。」
何度も繰り返されるナッツとの出会いに、どこか因縁めいたものを感じた道城さん。すでにナッツ屋としての自覚と自信はあったものの、この旅を経て「一切の迷いがなくなった」と確信したそうです。
「父と祖父は牧師。僕はナッツの伝道師。もう、道が決まったと思いました。」

「もともと飽き性なのに、ナッツだけは本当に飽きないんです。多分、あらゆる文化がそこにつながっている感覚があるからだと思う。」
最近では、日本総研の井上岳一さんが配信するYouTube「山水郷チャンネル」にも出演。
井上さんは「豊かな山水の恵みと人の知恵・技術を活かした持続可能な地域社会=山水郷」のあり方を探るスペシャリストです。道城さんは彼の著書『日本列島回復論』を繰り返し読み、その考えに深く共鳴していたのだそう。
「こうしてナッツを通じて、会いたかった人と出会える。話を広げていくことができる。ナッツという視点から、アメリカやイスラエル、世界、そして日本のことを語れる。それが本当に面白いんです。」
難しいことを抜きにしても、ナッツには「食文化」としての偉大なコミュ力があると語ります。
「お酒が好きな人はもちろん、ヴィーガンやベジタリアンとも相性がいい。肉食派とも仲良くなれるし、ジャンク好きな人とだって近しい。ナッツって、みんながつながれる最強のコミュニケーションツールなんですよ。」

「ナッツで平和は叶えられる」と語る道城さん。
「今も世界では戦争が起こっている。僕は争いではなく、ナッツで世界を平和にしたい。ナッツとドライフルーツの最良の組み合わせ“ペアリング”を楽しんでいるとき、人はとても穏やかで平和な気持ちになれる。その瞬間を、世界中の人に届けたい。そんなことも全部含めて、僕はイスラエルに“連れて行かれた”んやと思います。」
インタビュー中は終始、笑いとユーモアを交えつつも、芯の通ったメッセージを語り続けていた道城さん。
「でもやっぱり、世界を平和にするためには、まず目の前の人をハッピーにすること。そこからすべてが良くなっていくんやろな、って思いません?」
ナッツの伝道師として、滋賀から世界へ——平和への思いを語るその姿は、まっすぐで誠実で。
道城さんの“キラキラ”は彼の経歴ではなく、強い意志と実行力にこそ宿っていました。
道城さん 今日の話、まとめるの大変ちゃいます?
ひーちゃん スケールがでかすぎて、正直どこまで書いていいんかなって……
道城さん もう小説とか映画にしてくれてもいいんですよ(笑)
さまざまなエピソードを織り交ぜながら、道城さんの物語はこれからも続いていきます。
【Going Nuts!(ゴーイング ナッツ)】https://going-nuts.com/