biwacommon編集部のアヤです。
滋賀県草津市上笠にある「千紀園 草津本店」。
私がこの上笠の地で中学・高校時代を過ごした頃から、すでに存在していた老舗茶舗です。もちろん子どもの私は、お茶屋さんへお茶を買いに行こうなどと考えたこともなく、そこは大人しか入ってはいけない、立ち入りがたい場所といったイメージを抱いていました。
千紀園の創業は江戸時代。
江戸時代末期には茶業に加え、米の卸業も営まれていたそう。その後、戦争を乗り越え、昭和26年2月に「大石茶舗」として茶販売専業となり、昭和45年(1970年)には草津市上笠に「千紀園 草津本店」として移転。以来、地元の方はもちろん、他府県の茶好きの人々にも愛され続け、今年で55年を迎えました。
大人になった私は、この春グランドオープンを迎えたばかりの新店舗を訪ねました。

新たな姿で上笠の地に佇む千紀園でまず目を引くのは、黒い格子の焼杉の壁に全面ガラス張りの店構え。そこには、趣のある「茶」の字が書かれた大きな白い暖簾がかけられています。愛知県産の三州瓦を用いた昔ながらの瓦屋根と焼杉の壁が、どっしりとした風格の中に気品を感じさせます。
玄関には、今ではあまり見かけなくなった鎖樋(くさりとい)に、雨や泥から家を保護してくれる犬走りの雨落ち石。取材当日はあいにくの大雨でしたが、これらがしっかりと戸口を守っていました。
暖簾をくぐって中へ入ると、大きな窓から光が差し込み、木の香りに満ちた開放的な空間が広がっていました。
売り場には、千紀園自慢の抹茶スイーツや銘茶が並びます。その一角には、大石茶舗時代の茶缶や、長年使い込まれてきたであろう木の茶箱、大正時代から大切にされてきたという茶器もさりげなく置かれ、思わず目を奪われてしまいます。
新しい姿に変わっても、千紀園の歴史と想いがしっかりと息づいている——そんな空間です。

新店舗には売り場に加え、新たに「茶房(さぼう)」が誕生しました。この茶房にもたくさんのこだわりと職人技が詰め込まれています。
アール型の入口もその一つ。これは、職人さんが板を曲げて仕上げる難しい工法なのだとか。この入口に立ってまず目に入るのが、茶房で唯一の大きな窓。そこからは中庭の景色を切り取った、1枚の絵画のような風景を見ることができます。窓から差し込む光で溢れた売り場の明るさとは対照的に、茶房は光を抑えたお茶室のような雰囲気があります。
テーブル席側の壁は、聚楽壁(じゅらくへき)と呼ばれる日本の伝統的な土壁で、壁面と天井面は丸みを帯びたデザインが施されています。この綺麗な丸みを出すために職人さんが頑張ってくれたのだとか。
そして、カウンター内側の木曽の漆和紙の壁も必見です。灯りが当たった漆和紙の壁は艶のある柔らかい色合いになり、なんとも言えない美しい存在感を放っています。和紙に漆を塗るとこんなにも滑らかで光沢が出るものなのかと驚いてしまいます。

千紀園の茶房にはカウンター席とテーブル席が設けられていますが、是非ともカウンターに座ることをお勧めしたいです。カウンターには茶の湯の道具が整えてあり、薄茶を点てるところを目の前で拝見することができます。
薄茶を注文すると、茶房こだわりの作家ものの茶碗で出していただけます。今回は、少し小ぶりで黒地に白い釉薬がかかった、趣のある茶碗でいただきました。
ちなみに、千紀園の茶道具は日本有数の品揃え。気になる方は、ぜひオンラインショップをチェックしてみてください。
千紀園オンラインショップ

薄茶と一緒にいただいたのは、涼やかな三色の生菓子「季節の上生菓子 朝焼けの青花畑」。
あおばなの澄んだ青に、朝焼けをイメージした紅色、そして白あんの葛寒天が重なり、見た目にも美しい一品です。白あんの葛寒天からほのかに桃が香る、上品な甘さがなんとも美味な生菓子です。
この日カウンターで対応してくださったのは、代表の大石直永(おおいし なおえい)さん。
ピンと張りつめた空気の中、流れるような所作でお茶を点て、生菓子を食べ終わるタイミングで薄茶を出してくださいました。生菓子の後にいただくと、抹茶のほろ苦さがまろやかになり、泡のなめらかさが口当たりを柔らかにしてくれます。
ここで、私のように茶道に馴染みのない方へ、ひとつご注意を。
抹茶には「薄茶」と「濃茶」の2種類があります。私は今回薄茶を選びましたが、濃茶はかなり“ドロッ”としていてとにかく濃いので、上級者向けなのだそう。初めての方や飲み慣れていない方は、ぜひ「薄茶」から試してみることをおすすめします!
季節の上生菓子 + 薄茶「千年の昔」セット 1,650円

茶房では、抹茶以外のお茶も楽しむことができます。
私がいただいたのは、近江の和紅茶「在来 夏摘み」の冷茶。
千紀園で提供されている和紅茶は、土山の茶農家さんが「紅茶をつくってみよう」と思い立ち、試行錯誤の末に完成させたもの。努力と勉強を重ねた結果、何度もプレミアム賞を受賞するまでになったものだそうです。滋賀県内でもこの和紅茶を楽しめる場所は少ないそうです。
千紀園の茶房ではこの特別な和紅茶を温冷でいただけますが、今回は冷茶でお願いしました。
ワイングラスに注がれた和紅茶は濁りのないきれいなオレンジ色。冷茶はちょっとお洒落にワイングラスで出していただけるので、気分を変えてお茶を楽しみたい方にはお勧めです。
「和紅茶って、紅茶とどう違うのかな?」と思っていましたが、味も香りも想像と違っていました。いただいた和紅茶は渋みが少なく、すっきりとした中にほのかな甘みと上品な華やかさを感じる味わいでした。
和紅茶を扱うことを決めてから美味しく飲んでもらえる淹れ方を何度もテストし、グラスに入れる氷も1つだけにしたそうです。そのおかげで味が薄くなることなく、最後まで美味しい状態の和紅茶を楽しむことが出来ました。
和紅茶と一緒にいただいたのは「出来たて黒本蕨もち」。
黒本蕨粉100%でつくられた出来たてのわらび餅は、水を張った器に入れられて艶々と光り、飾り気がないのにとても美しい。和三盆糖蜜と京きな粉をつけて口に運ぶと、つるんと喉をすべっていきます。
「もっとゆっくり口の中にいてほしいのに!」という私の想いも空しく、器の中のわらび餅はどんどん無くなっていきます。少しでも長く楽しめるように、ゆっくりわらび餅を持ち上げ、丁寧にきな粉をまぶし、そーっと蜜をかけて——わらび餅との贅沢な時間を過ごしました。
出来たて黒本蕨もち + 近江の和紅茶「在来 夏摘み」セット 2,600円

一緒に取材に訪れた編集部のひーちゃんが選んだのは、「季節のあんみつとお好きなお茶のセット」。この時期のあんみつには、毎年早期完売するほど人気の「草津メロン」が贅沢に使われていました。
千紀園で炊かれた優しい甘さの粒あん、濃茶アイスのほどよい苦み、もっちり白玉、三種の寒天、そこに圧倒的な存在感を誇る草津メロン。仕上げに和三盆蜜をかけていただく、まさに“ごほうび”のような一品です。
あんみつとともにいただいたお茶は、近江煎茶「凌雲」。煎茶は一煎目・二煎目・三煎目まで楽しむことができます。急須は、一般的な丸みのある形ではなく、例えるなら円盤のような平たいものが使われていました。これがまたとても可愛らしい。
一煎目を少し味見させてもらうと、まったりとした甘みが広がりました。この甘みを引き出すのは難しいそうで、茶葉の力と淹れ方の技術があってこそだとか。
ひーちゃん曰く、二煎目は一煎目ほどの香りや甘みは控えめだけれど、まったり感はしっかり残っていて、ごくごくと喉を通る味わい。
三煎目は「熱く淹れる」か「玄米を加える」かを選ぶことができ、今回は玄米をプラスしてもらいました。香ばしさが加わり、最後まで新たな発見とともに楽しむことができました。
急須の中の茶葉の様子もぜひ観察してみてください。一煎目、二煎目、三煎目の色味、香り、茶葉の開き具合が少しずつ変化する様子がわかります。目の前で丁寧に入れていただくからこそ、じっくりお茶と向き合える特別なひと時となるのかもしれません。
季節のあんみつ + 煎茶「凌雲」セット 2,600円

千紀園では、お茶そのものはもちろん、抹茶スイーツにも力を注いでいます。
人気テレビ番組『マツコの知らない世界』の「本格抹茶スイーツの世界」特集でも取り上げられたほど。
そのこだわりや、お茶屋としての想いについて、改めて大石さんにお話を伺いました。
——千紀園の抹茶スイーツが注目されている理由は、やはり“上質な抹茶”にあるのでしょうか?
大石さん スイーツに抹茶を使うって、実はすごく難しいんです。一般的な抹茶スイーツの中には、着色料としてクロレラを使ったり、苦みを出すために煎茶粉を混ぜたりしているものも多くて。でも、それでは抹茶本来の良さは出ません。
かといって抹茶が濃いから美味しいわけでもなく、あんこやクリームとのバランスが重要なんです。そこを整えるのが本当に難しくて、試作には10か月から1年ほどかかります。
抹茶って、0.1g違うだけでも味が変わるんですよ。茶道の世界では、上質な抹茶ほど旨味があります。私たちはその“旨味”をスイーツで表現したかったんです。
——今後はどのような活動に力を入れたいとお考えなんですか?
大石さん そうですね。お茶屋として、よりお茶や日本文化の魅力を伝えられたらと思っています。2階では文化サロンを計画しており、全面畳敷きの空間でお茶の稽古や着物の着付け、古典に特化したイベントなどもしていけたらと考えています。
この新店舗はそうした想いを体現する場所にしたかったので、空間も和に特化しています。私はずっと京都の「ローバー都市建築事務所」さんに設計をお願いしたいと思っていて、今回その願いが叶いました。割烹のような上品なつくりにしてもらって、庭には茶花を植えているので、季節ごとの花も楽しんでもらえますよ。
——草津上笠ではなく、別の場所で茶房をされる選択肢はありませんでしたか?
大石さん おっしゃる通り、国内外から「出店しませんか?」というお声もたくさんいただいて。ブランディング的に京都に本店を持つことも考えました。でも、何が一番大事かと考えたとき、「ここ(上笠)にあること」がすごく大きかったんです。良いものをつくっていれば、場所は関係ないんじゃないかと。
名古屋や大阪などの遠方からも商品を求めてご来店くださることを、いつもありがたく思っています。

最後に、茶房を訪れた際にぜひ探していただきたい“奇跡”をご紹介します。中庭の水鉢の横に置かれている岩に、なんと「鶴」が見えるんです。
え!どうして?この鶴どうやって・・?
「実は、岩を磨いたら現れてきたんです。ちょうど千紀園の鶴のロゴマークと同じなんですよ。」
この岩の中の鶴は、磨き上げて出てきたとは思えないほど、きれいに羽を広げて飛んでいます。ぜひその様子を、実際にご覧いただきたいと思います。奇跡的に現れた鶴に感動すること間違いなしです。
五感すべてを使って楽しめる、まるで美術館のような茶房でした。
【千紀園 草津本店】
住所 〒525-0028 滋賀県草津市上笠2-11-8
予約 077-562-3424
営業時間 10:00 ~ 17:00(茶房LO 16:30)
定休日 売り場:水曜休/茶房:月・火・水曜休
駐車場 店舗前に5台
公式サイト 千紀園 草津本店
Instagram @senkien.jp