たまたま目に留まった、美しい焼き菓子
「ガレット・デ・ロワ」というお菓子を知ったのは、今年のお正月明け。Instagramでたまたま見かけたのがきっかけでした。こんがりと焼かれた丸いパイに、繊細で美しい模様。調べてみると、フランスで新年(主に1月中)に楽しまれる伝統菓子だといいます。
パイ生地の中にはアーモンドクリームが入っていて、さらに「フェーヴ」と呼ばれる小さな陶器の人形などがひとつ隠されています。切り分けて食べ、フェーヴが入っていた人は、その日の「王様」。王冠をかぶって祝うのだそう。
……なにそれ。絶対に食べてみたい。
そう思って、お取り寄せを中心に全国のお店を探し始めたところ、思いがけず身近なところに「すごいお店」があることがわかりました。
それが、甲賀市の山あいにあるパン屋さん【ウルーウール】。なんと、フランスのガレット・デ・ロワのコンクールで入賞した実績があるというのです。運よく最終の予約注文に間に合い、焼き上がる日を待つことにしました。
誰が王様?切り分けるドキドキとワクワク
いよいよ、箱を開けます。出てきたガレット・デ・ロワは、想像していた以上に美しいものでした。きつね色に焼けた表面に、葉っぱを描いたような模様。ナイフを入れるのが惜しくなります。
フェーヴはどこに隠されているんだろう? 本当は大人数でワイワイ囲むのが楽しそうですが、その日は夫と二人だけ。静かに、慎重に切り分けました。
サクサクのパイ生地とアーモンドの上品な風味
フォークを入れると、表面のパイがサクッとほどけます。中からは、ほんのり香ばしいアーモンドの風味。素材の味を邪魔しない、上品で控えめな甘さが、じわっと膨らむように口の中に広がっていきます。
パイのお菓子というと、バターの風味が強くて、少し重たいイメージもあったのですが、これは違いました。一口食べると、もう一口。あっという間になくなり、追加の一切れをカットします。
「本当に美味しい。」
初めて食べたガレット・デ・ロワは、見た目も味も、そしてフェーヴを探す楽しさも含めて、すっかりお気に入りのお菓子になりました。
お菓子の中から出てきた小さくて可愛い子
この日、見事フェーヴを当てたのは夫。「王様やな(笑)」
出てきたのは、小さくて可愛い陶器の動物でした。
「キツネ? 犬?……え、タヌキではないよね?」
多分キツネだろうと思われるその愛らしい人形は、手作りの温かみがあって、眺めているだけでほっこりと癒されます。
フェーヴのテーマや素材はお店によってさまざま。毎年同じお店のフェーヴを集める人もいれば、全国のお店のものを幅広くコレクションしている人もいるそうです。
私もフェーヴ収集家になりたい。新年のお楽しみとして毎年ガレット・デ・ロワを食べよう。そう心に決めました。
シェフに会いに、甲賀市の実店舗へ
あれから8ヶ月。今年もそろそろ、ガレット・デ・ロワの予約が始まります。
このタイミングで、【ウルーウール】のオーナーシェフ・橋本昌弘さんに話を聞くことができました。
取材の日、車で甲賀の山あいへ。Googleマップに従って進むにつれ、どんどん緑が深まり、道も細くなっていきます。不安になりかけた頃、無事到着。
「こんなところにパン屋さん!」と思うような場所でした。周囲には豊かな自然の景色が広がり、その雰囲気がなんとも心地いいのです。
「かっこいい」から始まった挑戦
橋本さんがガレット・デ・ロワを作り始めたきっかけは、以前勤めていたクラブハリエのシェフから、コンクールへの参加を勧められたことでした。
「それまで作ったことはなく、自分にできるとも思えなかったです。それでも、直感で「かっこいい」と思ったそのお菓子を、どうしても作りたくなったので。」
転機は2017年。自宅のキッチンからスタートしたお店を広げ、現在の店舗の開店準備をしていたちょうどその年、ガレット・デ・ロワコンクールの日本大会で見事優勝しました。
それまでの15年間、主に全国の名店の有名シェフが獲得してきた賞を、滋賀の田舎にある個人店のシェフが受賞。その知らせは、業界でも大きな話題になったそうです。
そして、優勝者に与えられたのが、本場フランスでのコンクールへの招待状。
「フランス行けるし。フランスの大会にも行けるし。でも、もちろんプレッシャーも(笑)」
本場フランスで評価されたガレット・デ・ロワ
1年の準備期間を経て、2018年の大晦日に渡仏。フランスのパン協会のキッチンを借りて焼くことになったものの、慣れない厨房では、最初はオーブンのつけ方さえわからなかったといいます。
そんな状況で年が明け、ガレット・デ・ロワのフランス大会が開催されました。現地の職人を中心に、約350人が参加。結果は、見事7位入賞でした。
日本のパン屋さんが作るフランスのお菓子が、現地の審査員に評価された。いったい、どの部分が響いたのでしょうか。
「詳しい審査のことはわからないですけど。でも文化って、ネイティブじゃない人の方が深くそれを見られることもあると思うんです。自分がよかったなと思うことは、現地の人ほどガレット・デ・ロワが当たり前ではないからこそ、深く知ろうとしたこと。1から頑張って勉強するとか、時間をかけて向き合うとか、努力を重ねて理解して。」
誰かから慣習的に伝わるものもないなかで、食感や火入れに試行錯誤を重ねました。伝統的な配合をベースにしながら、最後にたどり着いたのは「丁寧に作る」ということ。そうして、橋本さんなりのガレット・デ・ロワを完成させていったのです。
「本来はお正月にしか焼かないお菓子なんですが。でも自分はやっぱり、毎日焼かないとコンテストには参加できないと思って。1年間、毎日焼きました。もう優勝するぞ、と思って(笑)」
これからも、このお菓子の魅力を伝えていきたい
毎日のようにガレット・デ・ロワを焼くことが当たり前になった橋本さん。今も店頭には、一年を通して1ピースごとにカットされた「ピティビエ」が並んでいます。いつ訪れても、看板商品の味を気軽に楽しめるのはうれしいところです。
「日本では、まだまだガレット・デ・ロワを知らない方も多いです。フランスで歴史のある古い伝統菓子で、今でもずっと人気があって、その背景がかっこいい。見た目もかっこいい(笑)。そういうお菓子があることを、これからも紹介して、広めて、その美味しさや魅力を伝え続けていきたいです。」
日常を映し出した、信楽焼のフェーヴ
あの可愛らしいフェーヴについても聞いてみました。
「毎年、地元の信楽の焼き物作家さんと相談しながらオリジナルのフェーヴを作ってもらいます。その年の干支と、あとは、例えば最近は登山が好きなんですが、そこで出会った鳥や動物。カモミールなどの花や、このお店の近くに居るキツネとかミツバチも。」
あ! 去年の可愛い子は、やっぱりキツネだったんですね。
フェーヴには、橋本さんの身近な風景がモチーフになっているものが多いそう。そんな話を聞くと、手元の小さな陶器に、より親しみが湧いてきます。
ウルーウールはパン屋さん
ガレット・デ・ロワを目当てに訪れたウルーウールですが、店に並ぶパンにもすっかり惹かれてしまいました。
店内には、デニッシュ系、ハード系、惣菜パンなど、さまざまなパンが並びます。なかでも橋本さんがすすめてくれたのが、ハード系のパン。
「フランスの伝統をベースにしながら、“食べやすい”ことは常に大切にしています。その焼き加減を、ぜひ実際に口にしてみてほしい。」
買って帰ったバゲットのパリッとした食感と、美しい気泡。確かにハード系のパンは、焼き加減が特に印象に残りました。訪れた際には、ぜひ味わってみてください。
幸せな時間に溢れた一軒でした
ガレット・デ・ロワとパン。
どちらも、店名のウルーウール(フランス語で「幸せな時間」)という言葉を思わせる、じんわりと優しい味わいでした。
隣で奥さまが運営するお花屋さんも、店の雰囲気によくなじんでいます。パンはもちろん、お店の空間や周囲の景色も含めて、実際に訪れて楽しんでほしい場所です。